高度に専門的な科学上の大発見をめぐって、そのほとんどが非専門家である大勢の人々が長い時間にわたって騒ぐとき、その理由はひとつしかない。
それはお金である。
再生医療の実現に結びつく新たな技術の開発は、それが容易で安価なものであればなおさら、莫大な利益を将来長きにわたって生み出すことになる。
もちろん科学者自身は、素朴な研究上の関心や、難病に苦しむ人々を救いたいという人道的な動機から研究している場合が多い。そして大騒ぎするマスコミもそのオーディエンスもまた、意識の上では、科学者のそうした関心を自分たちも少しは共有しているかのように感じているかもしれない(だからそこに疑惑が生じるとケシカラン!などと憤慨したりする。自分は関係ないのに)。
これは自己欺瞞である。大騒ぎする本当の理由を隠しているからだ。
もし科学上の大発見だから大騒ぎするというのなら、万能細胞なんかよりヒッグス粒子の観測の方がよほどスケールの大きな発見である。でもそんなのは一瞬ニュースになるだけで、すごいですね、宇宙のロマンですね、で終わってしまう。お金にならないからである。
そしてもし、新たな医療技術によって救われるかもしれない人々のことをみんながそれほど心配して騒いでいるのだとしたら、それはまことに思いやり深いことであるが、残念ながらそうではない。それほど思いやりにあふれた人々が、素朴な若い研究者をよってたかって吊し上げ、報道という名のリンチにかけるとは考えられないからである。
この事件にはたしかにジェンダー・イシューとしての側面がある。そのことについては先日「女と科学」という短いコメントを書いた。けれどもあまりにそればかり強調しすぎると、やはり大騒ぎの本当の理由は隠されてしまう。
こんなに大勢の人々がこんなに長い間しつこく大騒ぎする本当の理由は、科学技術がもたらすかもしれない莫大な利権のため以外にはない。それを悪いと言ってるのではない。資本主義なんだから、お金で騒ぐのはあたりまえだ。堂々とそう言えばいい。
けれども、本当のことを暴くことが任務のはずのジャーナリズムが、偽造があっただの不正はいけないだのといったキレイ事だけで、むしろ本当の理由を隠すための洗脳装置になりはてている事実をまえにすると、いまさらながら震えあがる思いがするのである。