2015年に開催された「PARASOPHIA 京都国際現代芸術祭」に向けて、ディレクターの河本信治さんから頼まれ、学生たちと一緒に『パラ人』という「半公式」出版物を作っていた。そこで編集・デザインを担当していた浅見旬さんが、卒業後東京で「well」というスタジオを運営している。ファッションデザインと出版が主な活動だそうだが、その中に『Diaries』というオンラインの出版プロジェクトがある。コンセプトは、「市井(しせい)の日々の記録集」ということで、つまり普通の人々に一週間日記を付けてもらい、それを読み物として配信するというものである。ぼくはそれをこの6月に依頼されたので送ったのだが、それが昨日来た。
不思議なことを考えるものだと思った。ぼくは日記をつけない。だから自分の過去の日記を読むことはないし、他人の日記を読む機会ももちろんない。ふつう日記というのは、誰かに読まれるために書くものではないし、断りなしに他人の日記を読むのはいけないこととされている。「交換日記」というものはある(今でもあるのだろうか?)が、これは特定の2人(親友や恋人)の間だけで交わされるものであり、日記というよりは往復書簡である。一方で、過去の小説家など著名な人の日記は共有される資料となるし、日記の形式で書かれる文芸作品もある。だが生きている普通の人の日記が、不特定多数の人に読まれるということはない。それがこの『Diaries』というプロジェクトの趣旨らしい。
6ヶ月前の自分の日記を読んでみると、もちろんそれは最初から多くの人に配信されることを意識して書かれたものだから本当の「日記」とは言えないのかもしれないが、やはり生活を覗き見ているような奇妙な感覚がある。わずか半年前の自分なのに、まるで他人のように感じたりもする。ちょっと面白いのでブログで公開してもいいかと訊くと、問題ないとのことなので公開します(結構長いです)。
わたしたち well のお客さんや友人たち、さらにその友人たちに日記を綴ってもらいました(または借りてきました)。
吉岡洋(京都大学こころの未来研究センター特定教授、京都)
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🔵 6月5日(金)
# 今日から一週間、日記を付けることになった。ふだん日記をつける習慣がないので、どうしたらいいか。ひとまず規則を決めることにする。
# 時間表示(「- 07:00」等)の後には活動や出来事を、それに続く( )内にはその具体的内容を記す。これは後で知らない人が読むものだから、自分には当たり前のことでも初出の事項は具体的に書いたほうがいいかと思ったが、いや、そんなことはむしろ配慮しない方が自然という趣旨なのかもしれないと思い、迷う。迷っても分からないので、最初の思いつきのままにする。
- 06:45 起床、ゴミ捨て。快晴、暑くなりそう。
- 07:10 朝食(巻き寿司、キャベツの味噌汁、ブリの煮付け、おから、切干大根の酢の物)
- 07:25 コーヒー、ラスク。ネットで新聞(ロイター、朝日、SCMP、New York Times、Libération)、SNS(Facebook、LINE、Twitter、Instagram)
#「#」で始まる行には、その前後に考えたり感じたりしたことを書くことに決める。
# これでうまくいくだろうか? 最初に規則を決めたりして、自分の首を絞めることにならないか。
- 08:00 包丁研ぎ、部屋の掃除。
- 08:30 出勤(地下鉄東西線「山科」〜「京都市役所前」、徒歩で木屋町→川端二条→川端荒神口)
- 09:30 研究室で仕事(メール返信、原稿、写真整理など)
- 12:20 昼食(「初音」でざる蕎麦 700円)
# 「初音」というのは河原町丸太町東南にある麺類や丼のお店。しばらく閉まっていたが最近再開した。「ざる蕎麦」といってもここのはお皿に持ってあるのだが、タレも濃すぎず、蕎麦の味が引き立って美味しい。街にはこういうお店がないと寂しい。
- 13:30 研究室で仕事。
- 15:00 市バスで京都駅前、買物(ヨドバシカメラ、伊勢丹地下)。
# しばらく前から、電車・バスなどで移動中、本を読むと眼が疲れるので、BoseのノイズキャンセルのイヤホンをBluetoothでiPhoneやiPadに繋いで、音楽やニュースを聴いている。ちょっと中毒になる程快適だ。ノイズキャンセルといっても外の音は完全にシャットアウトされるわけではなく、部屋に入って窓閉めたくらいの感じかな。今聴いているのはCesaria Evoraというカーボベルデの歌手。カーボベルデ、遠いけど行ってみたい。2年後に退職したら行こう、と思っている。
# 一時よりは少し人が出てきたけど、市バスも空いている。京都の街自体が静かで落ち着いた感じ。昔に戻ったような感じがする。コロナ騒ぎは嫌だが、京都の人口密度はこれくらいの方がいい。この数年が異常過ぎた。
16:00 帰宅、読書(日本語の一般的な本は書名を書く。三島由紀夫『鏡子の家』、『横井小楠』、『京都の空襲』)
# 三島由紀夫は、3月に映画館が閉館になる直前、『三島由紀夫vs.全共闘』というドキュメンタリー映画を観て、小説は長い間読んでいなかったので改めて読んでみることにした。いちばん読んだのは中学・高校の時で、その後、文体があまり好きになれず興味がなくなった。今読むとそれほど気にはならない。政治経済的な時代背景を意識して構成的に作られた文体だと思う。しかし『鏡子の家』はけったいな話だ。作家本人は「ニヒリズム研究」と言っているが、これはニヒリズムというものとはちょっと違う気がする。少女マンガにすると効果的な世界かもしれないと思う。
#『横井小楠』(吉川弘文館)は、一月の九州大学の集中講義の後に熊本に遊びに行って、初めて「横井小楠記念館」を訪れたのがきっかけ。実は職場のすぐ近く、丸太町寺町をさがったところに、晩年京都に住んでいた横井小楠が明治2年に暴漢に襲われて亡くなった場所の石碑がある。
17:00 夕食の支度
18:00 夕食(伊勢丹地下で買った春巻、鶏胸肉のカツ、サラダ、漬物)
19:00 原稿執筆のための読書、ネットで調べもの、メール返信など。
# 欧米にいる大学関係の友人たちとメールやSNSで世間話をする。日本も非常事態は非常事態だが、欧米の大都市に比べると深刻さのレベルは低い。マスクをし社会的距離とか言っている点は同じだが、日本の人は本当に自分が感染するとか人に感染させるとかゆう実感は弱い。みんなマスクをしてるのは、私もちゃんと気をつけてますよという表示の意味が強い。それに対して欧米では、本当に感染が怖いし感染したら死ぬかもしれないと思っている人が多い。
23:00 入浴、就寝。
# そう言えば、小学校の時には日記を書いていたことを思い出した。でもあれも自主的ではなく、1ヶ月一度先生に見せて添削されたりするもので、一種の作文の宿題だった。今書いてるのも自主的ではなく、後で誰かが読むのだから、一種の宿題だ。そう思うと懐かしい。
# 主にiPadで、DayEntryというフリーのアプリで書いている。これはEvernoteと連携していて、送信するたびに日時と場所が記録されてEvernoteの指定した場所に蓄積されていく。それを後からひとつにまとめて提出すればいい。
# どこにでも持ち歩いてほとんどの連絡や仕事をこなしているiPad Pro(11インチ)に、数日前、新しいマジックキーボードを買ってあげた。税込で35,000円近くした(新しいiPadが買えるやないか)けど、キーも打ちやすくトラックパッドも付いていてたいへん良い。とはいえ、パソコンが嫌いになってタブレット生活に移行したのに、タブレットがだんだんパソコンに近付いているような気もする。
# この日記プロジェクト、今日は始めたばかりでちょっと盛り上がって面白かったけど、はたしてこのまま一週間続くのかどうか‥‥。
🔵 6月6日(土)
07:00 起床、体操(練功十八法)、朝食準備
# 「練功十八法」というのは気功の体操。ネットの動画を見てやっている。毎日やった方がいいのだが時々サボる。が、サボりながらも20年くらいは続けている。体操といっても、呼吸を整えながら12分くらい行う緩い運動で、全然筋トレなんかとは違うのだが、ちゃんとやるとゲップが出たりオナラが出たりするので、内臓を活動させるものなのだろうと思う。長年やってるのに、気功のことはあんまりよく知らない。
08:00 朝食(ハム、ポテサラ、野菜、春巻残り、汲上げ湯葉、舞茸の味噌汁)
08:30 コーヒー、レモンケーキ、ネットで新聞、SNSなど見る
# そうだ日記を書くんだったと思い出す。結構時間を取られるが、思ったほど面倒でもない。自分が何をしているかを記録するのは面白い。紙の日記帳で日記を書く人は、たぶん寝る前にその日のことを思い出しながら書いたりするのだろうが、ぼくは昨日書いたように、仕事にも遊びにも使っている同じiPad上のアプリで書いているので、ほとんどリアルタイムである。
# この日記を依頼された時の、「市井」という言葉がなんとなく気に入ったので引き受けた。現代日本語では必ずしもよく使われる言葉ではない。「市井」って何だろう。「市」とは町のこと、宮廷や官庁や仕事の場に対する、生活域のことか。で、「井」とは井戸? つまり井戸端に集まって話をするような感じなのかな。
13:00 文化庁の仕事(審査関係)
# 審査なので内容は具体的には書けないが、審査という仕事は面倒であまり好きじゃない。普通は断ってきた。この件はちょっと事情があって引き受けた。なんで好きじゃないかというと、資料を全部読むとものすごい労力なのに、報酬はびっくりするほど少ない。いや、もっとお金が欲しいわけではないのだが、やっていて楽しくない。審査が好きな人もいるらしいが、いったいどうしてなのか、どうやっているのか、いまだに分からない。
14:00 美学会西部会委員会(オンライン)
# 最大の問題は、10月の美学会全国大会が開催できるのか、今後も変化する状況にどう対応するのか、ということ。大枠の方針としては、中止はしない。原則例年通りの開催を目指し、困難な場合はオンラインでも開催はする。
# 昨年10月に美学会会長に再選された(任期3年)。大変だけど仕方がない。大変というのは仕事が忙しいというのではなく、会長としてふるまわなければあかんので、それが大変。そういうのが好きな人も世の中にはいるようだが、ぼくは好きではない。しかし絶対にイヤとも思わず、やると案外できるのが不思議である。歳とったのでそれらしく見えるというのも大きい。大根役者でも老人になればただ座っているだけで思慮深く見えたりする、みたいなもんかと思う。
# 台風のために昨年10月の美学会全国大会は中止になった。今年も、もしコロナで中止にしてしまったら2年連続中止になってしまう。何とか開催はすることにしたが、状況を見てどんな形でしかし学会は楽しいからやるもので、無理してやるものではない。この状況下でどうしたら楽しめるか。
17:00 夕食準備(鯵のバルサミコソース、サラダ、ラザニア)
18:00 夕食
20:00 読書(『京都の空襲』、『水晶の夜、タカラズカ』、『横井小楠』)
# 1999年制作してきた映像インスタレーション作品「BEACON」シリーズの最新作「BEACON 2020」をこの春京都文化博物館で展示した。コロナで会期中閉館になってしまったが、この最新作ではぼくの生まれた宇治、育った深草の風景を撮った。宇治と深草は京都で最も戦争に深いつながりのある地域である。宇治には広大な火薬製造所があり、深草は帝国陸軍第十六師団の拠点として発展した。昨年はそのことを調べていたこともあって、戦争に関わる本があると目を通す。特に京都やその近郊の、普通の人の視点から書かれたものが読みたい。歴史に興味があるというよりも、その時代に普通の人がどう感じていたかを実感として知りたいだけなのである。
# 『水晶の夜、タカラヅカ』というのは、ネットで注文した。1938年、宝塚歌劇団がヨーロッパ公演をする。前年には南京事件があり、日本軍は中国大陸を侵略しつつある。ヨーロッパではナチス・ドイツが次第に深刻な脅威となり、この年の11月にはドイツ各地でユダヤ人が襲撃される「水晶の夜」事件が起こる。その時に、タカラジェンヌたちはヨーロッパに滞在していた。今だったら、こんな国際情勢不穏な時期に歌劇団が欧州訪問なんて、考えられないことである。同年8月には、ヒトラー・ユーゲントが日本に来たりもしている。
# 1938年のことをいろいろ考える。
22:00 来週の講義準備。
# 関西学院大学の大学院で「美学特殊講義1」というのを担当しているのだが、コロナで対面講義はできない。zoomなどによるオンライン講義が推奨されているが、やる気がしないので、自分のブログを利用して毎週講義時間にテキストで公開することにした。
23:30 入浴、風呂掃除。
24:00 就寝
🔵 6月7日(日)
06:30 起床、体操、朝食準備
07:30 朝食(ポテサラ、天ぷら、納豆、玉ねぎの味噌汁)
09:30 研究文献を読む。ネットで調べ物をする。
11:00 飽きたのでしばらくボーッとする。『鏡子の家』の最後の方を読む。
# 「ボーッとする」のは子供の時からの習慣で、ここにはわざわざ書いたけど、実は一日に数回、短いのでは1分以内、長いと15分くらいやっている。座ったままの時も寝転がっている時もある。何となく机上のものや窓からの景色を見ている時もあるが、これは本当に何も考えていない状態で、しかしウトウトしているのではなく覚醒している。身体は生きていて心だけ一時的に死んでるんじゃないかなと思う時もある。積極的に楽しいわけではないが、どちらかというと気持ちはいいので、案外やっている人はいるんじゃないかと想像するが、あんまり聞いたり読んだりしたことはない。やっている人はあまりに当たり前の習慣になっているので、わざわざ言わないだけなのかもしれない。ぼくも今初めてハッキリ書いた。日記を書くという課題のおかげである。
12:00 あんまりお腹が空かないので、ナッツ、ビスケット、牛乳で昼食。
13:00 読書(『鏡子の家』を読み終える)
# 『鏡子の家』は、主人公たちが没落していく後半の方がずっと面白かった。ニューヨークで清一郎の妻藤子がゲイの友人に誘惑されて不倫するところも面白い。スランプに陥って一時オカルトにハマった画家の夏雄が、夫と復縁する日に鏡子を訪ねてきて寝る場面も、メチャ無理な話やけどなかなかいい。彼が去って夫が帰り、家が突然犬屋敷になるという終わり方も。三島由紀夫の小説を、生まれて初めて心から楽しんで読んだ。
14:00 山科図書館に本を返し、三島由紀夫『宴のあと』と島尾敏雄『死の棘』を借りる。図書館は閲覧机が使用可になった。
15:00 買い物(マツヤスーパー)に行く。
# スーパーでレジに並んでいると、前に60代と見える夫婦がいて、その奥さんの方が、よく分からないつまらないことでひっきりなしに夫のことを責めている。でも男の方は低い声でブツブツ言い訳をするだけで、ケンカにはならない。さっき読んでいた『死の棘』を思い出す。ぜんぜん違うけど。
# 『死の棘』は、語り手の浮気を妻が責め続け狂っていく話であるが、その糾弾の言葉が魅力的すぎる。普通の夫婦関係における怒りだとか、嫉妬で狂うとかいったレベルではなく、まるで神様の声のような、恐ろしくて理屈を越えた人間の罪の追求であり、だからその罪は浮気なんてゆう下世話な物じゃなく、「原罪」のようなものに見えてくる。このモデルであり後に自らも作家となった島尾ミホとはどういう人であったかと想像する。梯久美子の『狂う人』という本があるがまだ読んでいない。映画『海辺の生と死』では満島ひかりが演じているらしいのだが、観たいような観たくないような。
17:30 夕食準備、夕食。冬瓜の摺流しを作ってみる。
19:00 溝口健二『近松物語』『赤線地帯』をDVDで観る。
# 1938年前後への関心と並行して、戦後の1954-56年頃の日本に関心を持っている。三島の『鏡子の家』の設定年代でもある。1956年に公開された『赤線地帯』は、売春防止法が施行される前年の吉原を描いたもの。ぼくが生まれた年でもある。ガラの悪い関西弁を話す京マチ子がとてもいい。常識や世間を物ともせず、自分の欲望に忠実なこういう娘を「アプレ」と言っていた。「アプレゲール(戦後)」のこと。『鏡子の家』に登場する青年たちもある意味「アプレ」である。また小説中にも言及される「カービン銃ギャング事件」(1954年)のようなものを「アプレゲール犯罪」と呼んでいた。
23:30 就寝
🔵 6月8日(月)
07:00 起床
07:40 朝食(かき卵の味噌汁、納豆、糠漬け、高野豆腐、ご飯)
# 昨日冬瓜の煮物を作って皮の部分がもったいないので糠漬けにできないかなと思ってやってみたが、一晩でまだ浅すぎてあまりおいしくない。
10:45 同志社大学大学院「芸術哲学」(オンライン)
13:00 研究報告会(オンライン)
# オンラインの会議、操作には慣れてきたが雰囲気はいまだに慣れない。こんなもんが会議と言えるだろうか。しかし不思議に会議の機能は果たすのである。会議がもし「機能」ならば、本当にこれだけで済む、出勤する必要はないのだと思う。コロナが終息しても会議はこれからもずっとオンラインがいいと言ってる人もいる。
# ぼくも会議はだいたいキライなんだが、全てがオンラインになってしまったら、仕事とか組織に属している意味とかは、希薄になっていくだろうなと思う。オンラインというのは、これまで思っていたよりも結構役に立つ、ことは分かった。しかしそのことによって、オンラインは人間の活動の意味を希薄にしてゆく。今までも少しずつ希薄化されていたような気もする。コロナはこうした社会の変容を、可視化しただけかもしれない。
15:30 買い物(フードショップ、無印良品)
16:00 YouTubeでニュースや落語を聴きながら夕食準備(雑穀のサラダ、アボガドと海老、ラザニアなど)
17:40 昔のゼミ卒業生が遊びに来る。ワインで夕食。図書館司書をしているので、最近の様子などを聴く。『ガーンジー島の秘密の読書会』という映画のことが話題になる。
23:30 就寝
🔵 6月9日(火)
06:30 起床、気功体操。
07:00 朝食準備、朝食(野菜煮物、揚出し豆腐、納豆、ジャコ、漬物、豆腐とワカメの味噌汁)
# 四ノ宮に「カワモト」というお豆腐屋さんがあり、朝早くから開いているので時々買う。親子二代でやっている。スーパーの豆腐とは違い、新鮮でとても美味しいが、日持ちはしないのでその日に食べる。ペットボトルを持っていくと豆乳も売ってくれる。
09:00 出勤(地下鉄東西線「山科」→「三条」京阪電車→「神宮丸太町」)
10:30 教授会。会議室で行うが、オンライン参加も可という形で行う。会議室に来るのは前回は数名だったが、今回は少し多くなった。しかし、たとえ会議室に集まっても、各自の端末でzoomにログインして行う。そうしないと、オンライン参加の人の発言が聞こえない(最初はプロジェクタを用意したが煩わしいのでやめた)。それで一応会議は成立するのだが、同じ会場にいる人が発言すると、リアルな声に0.5秒遅れたネット経由の声がかぶって気持ちが悪い。
12:30 昼食(河原町丸太町の「パクチー」でパッタイ 720円)。
13:30 鴨川河川敷でしばらく休憩。蒸し暑い。
# カラスとトンビが人間のすぐ近くを我が物顔に飛んでいる。人間を直接襲うことはないが、トンビは食べ物をさらっていくので注意。ぼくも2回やられたことがある。後ろから急降下して手に持ったおにぎりやサンドイッチをさらっていく。やられると一瞬、何のことか分からず呆然とする。すごい視力と飛行能力、運動神経である。彼らからみると、人間の動きなんて鈍くて隙だらけなのだろう。
# 15時頃、新しい秘書の人が書類を書き間違えたのでもう一度印鑑がほしいと研究室に来る。その時に机の横に貼ってあるマヌル猫の写真を見て興味を示すので、ちょっと猫の話をしたら、はじめて打ち解けた話し方になった。4月に入った人だが、仕事のことを事務的に話すだけかと思った。というより、半分以上在宅であまり会わないし、会ってもマスクをしているのでちゃんと顔を見たこともなかった。
16:00 日本記号学の叢書セミオトポス『食(メシ)の記号論』が届いたので少し読む。
# この本は、2年前に名古屋大学で行った日本記号学会大会のテーマに基づいたもの。この会ではぼくは出番はなく、観客として参加した。途中、室井尚さんに促されて一回だけ発言している。その他にも、いろんな人から送ってもらった本を何冊か読む。自分が最近出した本(『BEACON 2020』『ポワゾン・ルージュ2』『ミニマ・エステティカ1』)を、レターパックで返送する。
17:30 帰宅。
18:00 夕食準備、夕食。
19:00 ネットの動画で人形浄瑠璃などを観る。この2年ばかり、大阪文楽劇場に通って大半の演目を観てきたが、コロナで突然文楽が観られなくなり、ちょっと禁断症状が出ている。動画の義太夫では、思い出すことしかできない。
21:00 部屋にある古典文学関係を目的なくあれこれと読む。『源氏物語』、『更級日記』、『近松作品集』など。無目的な読書が一番楽しい。
# 『源氏物語』は、原文を味わって読むなど自分の古典語力では到底無理だとあきらめてきたが、今出ている岩波文庫版はなかなかいい。と言っても、楽に読めるわけではない。解説を読んでも完全には理解できない。現代語訳はたくさん出ているが、いろいろ問題はあっても与謝野晶子はいい。昔から、「桐壺」の思い切り悲惨な話のすぐ後にどうして「箒木」の雨夜の品定めみたいなチャラい話が来るのか不思議だったが、与謝野晶子によれば、実は紫式部は『源氏』を「箒木」から書き始め、こんなナンパな青年貴族の主人公も、その生まれは実はこんな可愛そうな事情があったんですよ、みたいな感じで「桐壺」を書いたのだという。これで初めて納得がいった。ほんとかどうか確証はないけど、そういう解釈ができた晶子はすごいなーと感心した。
23:00 就寝
🔵 6月10日(水)
06:10 起床、掃除。
07:00 朝食準備、朝食(ポテサラ、ウィンナ、きんぴら、納豆、ジャコ、豆腐の味噌汁、糠漬け)
15:15 関西学院大学大学院「美学特殊講義1」第4回(オンライン、と言っても動画配信ではなくブログにテキストをアップロード。先週のレポート、質問などを読む。)
# コロナ下の講義をこういう形で対処している人はあまりいないと思うが、ブログに公開してそれをTwitterとFacebookで告知しているので、関学の講義ではあるが、多くの聴講(モグリ)を許容していることになる。今チェックしてみると、公開日の水曜は700-800アクセス、その後徐々に減って一週間で2,000前後見られているようだ。アクセス数なんてどうでもいいが、これが対面だったらあり得ないような大教室である。
# なんでこんなことを思いついたかというと、10年くらい前にある講義で、東京出張から帰って直接教室に駆けつける予定だったのが、遅れて間に合わないことが判明し、新幹線の中からツイッターでやったのが面白かったので。それから京大文学部で行っていた講義は非正規(モグリ)聴講を黙認していたので、だんだん増えて一時期モグリの方が多くなったりし、教室の雰囲気がとても多様化したのを、京大の学生たち自身が楽しんでいたから。そのことを第1回の講義にも書いた。
# あくまで関学の大学院の講義(受講者5名)として書いているつもりではあるが、公開であることを意識しないで書くというのはやはり無理である。この日記と同じ。
17:30 夕食準備、夕食(水晶鷄の大根おろし乗せ、マグロとジャガイモのソテー、サラダ)
19:00 読書(『宴のあと』『死の棘』)。ネットでラジオニュースなどを聴く。
21:00 溝口健二の映画の続き。メール返信。頼まれている原稿のことを考える。締め切りは8月末だけど、構想を考え始めないといけない。
23:00 就寝。
🔵 6月11日(木)
06:10 起床、風呂掃除、気功体操。
07:00 朝食準備、朝食(ポテサラ、ウィンナ、高野豆腐、ブロッコリー、ケール、玉ねぎ天、納豆、ジャコ、糠漬け、粕汁)
09:00 出勤(地下鉄東西線「山科」→「三条」京阪電車→「神宮丸太町」)
09:45 読書、原稿執筆。
11:00 もらった熊本メロンを事務局の人たちと分ける。
11:30 研究室に友人来訪。烏丸今出川「芙蓉園」で昼食(海老炒飯 800円)。このお店は、同志社大学で講義がある時には時々昼食に利用していたが、今コロナのせいで授業がないので、ずいぶん久しぶりに行った。中華の影響を受けた東南アジア料理。
13:00 その後、文化堂でコーヒー。職場の問題などを聞く。公開のイベントなどに必ず来るクレーマーについての対処の仕方とか。実際上仕方ないとはいえ、そもそも「クレーマー」とラベルを貼る時点で、現実が一段階見えなくなる。
# 話の流れで、精神医学者の中井久夫先生の話題になった。ぼくは1990年代に勤めていた職場で、神戸大学を退職された中井先生と2年ほど一緒だったことがある。それほど頻繁に会って話したわけでもないが、忘れられないこともいくつかある。彼は、もうすぐ退院できそうな統合失調症の患者さんと面談した時、「治ってよかったね」などとは言わず「本当にいいの?」と言ったのだそうだ。本当に治って社会に出ていいの? 病気がなくなるのは苦しいよ、と。もともと『分裂症と人類』以来ファンではあったのだが、これを聴いて、ぼくはこの人はタダモノではないなと思った。
14:00 研究室に戻って仕事。原稿執筆。
17:30 帰宅。天気が悪い。(京阪電車「神宮丸太町」→「三条」地下鉄東西線→「山科」)
# ぼくはあまりマスクをしていない。それは暑いのと、咳もクシャミもおしゃべりもしないし、仮に空気中にエアロゾルとして浮遊しているウィルスは、マスクなんてしてもしなくてもスウスウ出入りできるのだから、意味がないと感じるから。正しくないと言う人もいるだろう。でもこういう帰宅時間に電車に乗ると、まず99%の人はマスクをしている。たまたまマスクをしていない人がいると、目立つので互いに1秒くらい目があったりする。これはちょっと面白い。今のこの状況でないとできない経験かもしれない、と思う。
# 地下鉄「山科」駅の改札を出ると、古本市をやっていて人だかりができている。みると、雑多な本がワゴンに並んで全部一冊100円とある。岩波の古典文学体系の中世和歌に関するものを3冊買った。古典的テキストは読もうと思えばネットで読めるのだけど、こんな立派なハードカバーに活版で印刷した昭和30年代の本(しかも栞も売上表もそのままで全く読んだ形跡がない)が、電車に一回乗るくらいの値段で3冊も買えるというのは、普通に考えてすごい(とぼくは思う)。いや、お得だというわけではなく、本もまた読んでもらうために作られてこの世に存在しているわけだから、読まれないまま捨てられるのは良くないと思うからだが。捨て猫を拾って育てる、みたいなことに近いかな。昭和30年代から、ほとんどぼくの人生と同じくらい長く、半世紀以上捨てられていた捨て猫を。でも本というのは長生きだな。
# 前に誰かから、「始末」と「ケチ」の違いは何ですか? と聞かれた。「ケチ」というのは物惜しみで、所有欲から来るもの。「始末」というのは、物を無駄にせずできるだけ有効に使うという態度のことで、古本を買ったり捨て猫を育てたりするのは「ケチ」ではなく「始末」です。ケチは無理して我慢してやるものだけど、始末はそのこと自体が楽しいこと。
18:30 夕食。少し日本酒を飲む。買ってきた『金塊集』を少し読む。
19:30 ネットのニュースを見る。来週の講義内容を考える。研究室から持ち帰った哲学文献も少し読み、原稿のことも考える。
21:30 ナスとニンジンを切って糠漬けにする。
# 糠漬けは、ビニールパックに糠床を入れて冷蔵庫に入れて作るものを先月ネットで手に入れた。3日に一度くらいかき混ぜればよく、長期の旅行などの時には冷凍できるらしい。簡単にできて、わりと楽しい。糠に触ると、手が「昭和のお母さん」のような匂いになっていい。といってもぼくの母は糠漬けなんて作っていなかったが。キュウリのように水が出る野菜を漬けると、だんだん糠が水っぽくなるので、乾いた糠を足して調整する。冬瓜の皮の部分を漬けてみたが、思ったほど美味しくならない。胡瓜やナスを3日ほど漬けるのがいちばん美味しい。茗荷もけっこういける。
23:00 就寝
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*『Diaries』は、well が集めている市井(しせい)の日々の記録集です。毎週金曜日に配信しています。
well studio| 3-19-10, Nogata, Nakano Ku, Tokyo, 165-0027, JAPAN