しがつになって、さくらもまんかいで、がっこうもかいしゃも、ぶじ、しんねんどがはじまりました。きのうきょうは、ぽかぽか、もうなつみたいなようきで、ありがたいことでおます。しんにゅうせえも、しんにゅうしゃいんも、みいんな、ぴかぴかのいちねんせえや。しんぴんのすーつきはって、しめなれんねくたいしめて、ほんに、かいらしいおこたちやこと。ほんま、おめでとうさんどす。
ほんでまた、きょう、しがつとおかは、いまの〈てんのうへえか〉の、ごせいこん、ごじゅっしゅうねんやそうな。おもたら、はやいもんでんなぁ。ごじゅうねんまえゆうたら、まだてれびゆうもんも、そこらじゅうにはあらへん、みんな、まちのでんきやはんの、みせさきにむらがって、〈りきどうざん〉の〈からてちょっぷ〉みてはった、そんなような、じだいでっせ。この〈こうたいしごせいこん〉ちゅうけい、みたいゆうて、やすげっきゅうのなかから、むりして、てれびかわはったひとらが、だいぶんに、いてはったらしいでんな。ゆうたら、いまのてんのう(そのときは、こうたいしでんかやけどね)ゆうんは、さいしょから、〈てれび〉てんのうやった。〈めでぃあのかみさん〉ゆうのんが、しゅっぱつてんやった、そうゆうことも、いえますわな。
〈てんのうせい〉は、よーろっばの〈りっけんくんしゅせえ〉とは、こんぽんてきに、〈にてひなる〉もんや。どこがちがうか、ゆうたら、なんぼ〈にんげんせんげん〉しやはっても、いまだに、てんのうは〈かみさん〉や、ゆうとこや。じかようしゃうんてんして、でぱーとにかいもんにいかはる、〈でんまーく〉の〈じょおう〉はんとは、けっていてきにちがう。にほんのおくには、このおかたがいてはるさかい、みぃんな、こどもみたい、あかちゃんみたいに、かいらしゅうして、いきていられるんですわ。せんそうがおわって、このおくに、かわるとこはたしかにかわりましたけど、こくみんがみんな、てんのうへえかの〈せきし〉、つまり、あかちゃんやてゆう、こんぽんてきなありようは、ちぃともかわっとらへん。えらいもんやねぇ。〈けいざいたいこく〉も、〈あいどる〉も、〈じゃぱんあずなんばーわん〉も、〈おたく〉も、〈くーるじゃぱん〉も、〈さむらいジャパン〉も、なんもかんも、てんのうへうか、あってのことなんやで。ありがたいこっちゃ。
そやけどねぇ、そんなもんが、はたして〈にほん〉てゆう、おくにの〈ほんしつ〉なんかどうか。それはわからんで。にほんゆうのんは、もうちょっと、ちがうありかたも、できるんとちゃいますか。うちら、たしかに、にんげんのごつごうで、そとからつれてこられた、しかもけだもんのゆう、たわごとですけどね。まあ、うちらは〈でぃあすぽら〉ちゅうもんを、けいけんさせてもろたわけですけど、そやからゆうて、いまの〈てんのうへえか〉にも〈こうたいしでんか〉にも、べつになんも、うらみやらもってまへん。そやけど、にほんはいつのひか、〈きょうわこく〉になったほうが、よろしいのんとちゃうのやろか。〈てんのう〉なしでやっていけるひぃがきて、はじめて、にほんちゅうくにの、そこじからででてくるんやないかと、おもたりするんです。
がいこくからつれてこられた、けだもんのぶんざいで、おそれおおいことゆうてしもて、ばちあたりなこっちゃけど、そうはいいつつ、うちらみんな、こうしつのふぁんやさかいね。ぬーなかま、むかしからみんな、にちようのあさは〈たかしまや〉ていきょうの〈こうしつあるばむ〉みてましたんやで。そうゆうことですんで、なにとぞ、おおめにみとくなはれ。
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